WELCOME TO THE BLUEGILL PARADISE

偉大なる愛すべき隣人「ブルーギル様」をこよなく愛す管理人が送る、渾身の不定期更新サイト「ギル☆パラ BLUEGILL PARADISE」。ルアーフィッシィングを中心としたアナログでゆる〜いサイトです。

 

スポンサーサイト


Category: スポンサー広告   Tags: ---
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

パトリックとランディ


Category: motorcycle   Tags: ---
大いなる寄り道シリーズ 

〜MORTORCYCLE DIARIES〜  その2


前号「MORTORCYCLE DIARIES」その1でお伝えした、管理人“ギル夫”とバイクとの出逢い。今回は前号に引き続き、当時の貴重な写真やライディングギア、そしてレアな“ギル夫”の若かりし当時の貴重な「無修整写真」を当時の情熱とともにお届けする。




バイクがやってきた直後と思われるワンショット。母親に撮ってもらったのがちょっと恥ずかしい。

当時、特にバイクオタクだった訳では決してなかった管理人、バイクは大学生活の足としてしか捉えておらず、主に通学用として使っていた。その後少しはツーリングにも行ったが、それほど管理人の興味を引くには至らず、只の足代わりだった。

しかし少なくともヘルメットやブーツなども最低限それなりのモノは揃えようと、バイクのカラーに合わせてギア選びをした。


SHOEI RF−VORGUE(ヴォーグ)バイクに合わせ赤/黒で。当時シンプルながらインパクトのあるデザインだった。その後、8耐でパトリック・イゴア/ジェラルド・コードレイ組が被っていた。


こちらはクシタニ「K−620R」同じカラーイメージ展開。当時36,000円くらいしたと思う。つま先部には画期的な「バンクセンサー」ならぬ「トゥセンサー」(取り外し式/交換可)が付いていた。


写真を撮ってくれた今は亡き「おかん」。いろいろありがとう。


さてこうして素晴らしい大学生活を始めた「ギル夫」。当時は上の「ホンダシティ」に乗って通学していた。
(当時名古屋周辺でクルマ通学が出来る学校は無かったハズなので、自ずと出身校もバレバレである・・・)
実はこのクルマ「CITY “マンハッタンルーフ”」はCITYの特装車だ。車高がノーマルよりも12センチくらい高く、全幅と全高が同じサイズだったため、みんなから「サイコロ」と呼ばれからかわれていた。癪なのでヘッドライトに「まつげ」(ライトバイザー?)を付けていた。

そこへこの「インパルスくん」がやって来た。天気がいい日にはもちろんバイクで大学に行きたい。でも雨の心配がある日はクルマで行きたい。その日の天候に合わせてクルマを変えていたので、当時「走る降水確率」などと呼ばれていた。懐かしいなあ。

その後管理人は、毎日足となって活躍するこの2台に愛着が湧き、この“ヴィークル”たちにニックネームを付けようと熟考した。

バイクは「パトリック」、シティは「ランディ」に決まった。「パトリック」はこの同じヘルメットを被る耐久ライダーにちなんだ。また「ランディ」の名付けの理由等は後日詳しく紹介するが、同じく有名なGPライダー「ランディ・マモラ」に敬意を表して命名した。バイクに興味のない方には全くつまらない内容で非常に申し訳ない限りだ。

その頃、通学以外には全くバイクに興味のなかった管理人に、闇から誘惑の使者が忍び寄って来ている事に管理人には全く知る由もなかった。しかもその闇からの使者は、仲のいい大学のクラスメートの姿を装って襲いかかって来たのだ。危うし管理人!はたして管理人はどうなってしまうのか?


つづく・・・・

スポンサーサイト

大いなる寄り道シリーズ


Category: motorcycle   Tags: ---
大いなる寄り道シリーズ 第一弾!

〜MOTORCYCLE DIARIES〜


前号までに、当ブログ管理人である「ギル夫」の釣りとの出逢いを振り返りお送りしてきた。前回、ギル夫はめでたく大学入学を果たし、夢のキャンパスライフを始めたところまでをお伝えした。当時18歳。

しかしこの後、およそ10年近くにわたり管理人は「釣り」から遠ざかってしまう。今回から数回にわたって、その理由と内容を詳しくお伝えする事にしよう。


免許とったど〜!

前回、簡単に運転免許の取得について触れたが、(前号「夢の大学生活!」参照)実は先に自動二輪免許(いわゆる中免)を取得する予定だった。
しかし、周りの知識人たちから「バイクの免許も取るんなら、先に四輪を取った方が効率がいいよ!」とのアドバイスを多数頂いたため、急遽バイクをいったん後回しにして先に普通免許を取得したという経緯があった。

実は当時の免許制度では、先に中免を取ってから四輪の普通免許を取得しても、学科のテストを結局2回受けなくてはいけないが、先に普通免許を取ってから後で中免を取れば中免取得時の学科試験は免除されるという有名なルールを知らなかったのだ。

こうして、高校卒業間際に広島県の試験場で普通免許の取得に成功する。
そして名古屋へ戻り、キャンパスライフのスタートと同時に早速中免の取得に取りかかる事にした。


鬼教官との出逢い

場所は名古屋市昭和区にある「C自動車学校」。実はこの学校はあなどれない。広島県で普通免許を取った自動車学校が使用していたテキストが、この「C自動車学校」発行のテキストだったのだ!どうやら日本の自動車学校で使用しているテキストは、かなりの割合で「C自動車学校」製のテキストを使用しているという。恐るべし・・・。
それだけではない。何しろ、この「C自動車学校」は、かの有名な「T自動車」と密接な関係にあるらしい(というか全額出資・・・)。

とにかく、日本の中心にある、世界の中枢の自動車学校でバイク取得計画はスタートしたのだった。

そこの教官ったらもう大変!みんなエラそうにしてツンツンしていた(もちろん全員ではないが)。なかにはただのバイク好きや、生まれながらにしての教官チックな人もいたが、当時は「何様だ型教官様」が数名いたのだ。

なにしろこっちにしてみれば、生まれて初めてまたがる大型バイク(中型ですが)、最初からそう巧くいくはずがない

ミスをする度「ちくしょう!」なーんて思いながらやっていたが、例の「何様だ鬼教官」に当たる日は気が重かった。
意識する程ミスを連発!この教官の時だけ何故かミスる(まさかの立ちゴケなど)。

何かしでかすと「何やってんだ貴様!もう止めて帰れ!」とか「この下手クソ、死んじまえ!」とか平気でいいやがる。発奮させるために言ってるのは分かってるのだが、コイツに言われると癪でたまらない。本気で頭に来たり凹んだりしたものだ。

ある日に至っては、本気で怒られて「泣き」が入った日もあった。悔しかった!

こうして苦難を乗り越えて取得した「バイク免許」、格別だった。さらに大人の仲間入りをした気分だった。


初めてのバイク

さて、そもそもバイクに乗りたいと思ったきっかけは、意外なほどあっけない理由だった。

大学合格が決まった数日後のある日、親父とお袋と食事中の事だった。
「まあ、大学にも合格が決まった事だし、バイク買ってあげてもいいよ。約束だからね」
「・・・・(そんな約束したっけ?)」

そう、以前親父が酔っぱらってた時かどうかは分からないが、そんな約束を交わしていたらしい。本人は全く記憶はないのだが。まあ、買ってくれるって言うんなら、そうしてあげてもいいよ的な始まりだった。
その後、バイクが彼に及ぼす影響がこれほど大きかったとは知る由もない・・・。


初めてのバイク選び

実は、当時それほどバイクに詳しかった訳ではない。だからいざ何に乗ろうと考えても、これと言った好きなバイクもなかったのだ。

そうしたある日、中学時代の友人S君が尋ねてきてくれた。そのS君が乗っていたバイクの印象が、オイラのハートを鷲掴みにした。




SUZUKI GSX400FS Impulse“インパルス”。当時のカタログから。

当時のバイク市場は、4気筒・400CCスポーツバイクの成長期。各メーカーがしのぎを削り、スポーツバイク開発に傾倒していた時代。

当時ホンダは「CBX400F」、ヤマハは「XJR400」、カワサキは「Z400GP」を市場に送り出し、活気に溢れていた。
そうした中スズキは、先に発売されたGSX400F/GSX400FIIの特別仕様としてGSX400Fインパルスを発表する。
GSX400FIIに搭載されるエンジンは、スズキで400ccクラス初となる排気量398ccの空冷4ストロークDOHC4バルブ直列4気筒エンジンで、特に1気筒4バルブは日本4大メーカー内でも400ccクラス初であった。
その派生車種であるGSX400FSインパルスも同様のエンジンを搭載するが、「TSCC(Twin Swarl Combustion Chamber)」と呼ばれる燃焼室形状を改良したり、ヨシムラと共同開発した4-1式の集合マフラーを採用する(GSX400F/FIIは2本出しマフラー)などして、GSX400FIIよりも3ps高い最高出力48psを発揮。車体もアルミニウム合金製スイングアームやリモート式減衰力調整機構付きリアショックを採用するなど、基となったGSX400FIIとの差別化がはかられていた。しかし、逆にGSX400F/FIIではトリプル・ディスク・ブレーキ装備だったのに対して、本機種のリア・ブレーキはドラム・ブレーキとされていた。翌1983年に角パイプ製フレームに水冷エンジンを搭載したGSX400FWが登場すると、それと入れ替わるようにGSX400FSインパルスの販売は終了した。

こうして、管理人「ギル夫」初のバイク選びはめでたく終了し、程なく我が家にバイクがやって来た!



遂にインパルスが我が手に!ちなみに背景のクルマ「コスモAP」(同じマンションの住人の愛車)もかなり泣かせる。

つづく・・・


夢の大学生活!


Category: プロローグ   Tags: ---
大人のプレイ炸裂!


そんな管理人「ギル夫」も、遂に大学生になった。これで大人の仲間入りだ。
慣れない広島県の高校生活にピリオドを打ち、無事大学受験もクリアして名古屋に戻ってきた。仲間も大勢いるし、当時遠距離恋愛中だった彼女もいる。いわゆる、「夢のキャンパスライフ」というやつだ。

高校の卒業式が終わってソッコーで自動車学校に通い、「広島県公安委員会」印の免許証も手に入れた。
(ここで間髪入れずに夢の自動二輪免許も取得するのだが、ここではあまり重要ではないので後日詳しく触れることにする)

当然、以降釣り場に行くのも「クルマ」で行くことになる。これは一釣り少年にとって革命である。
今まで自転車で母ちゃんの作ってくれたおにぎり持って、リュック背負ってロッドを折らないように気をつけながら“ヒーコラヒーコラ”漕いでいたのがウソの様。これからは余裕こいて片手でおにぎり食べながら釣り場にいけるのだ。大人じゃん!(ノリ夫風にお願いします)

これは、高校生時代に運転免許を取ったら「えーっと、彼女と二人っきりで□□行って、○○食べて、んでもってアソコで××しちゃお♪」という妄想をした以来の夢のシチュエーションだ!もうたまらん!

というわけで学生生活も落ち着いた初夏、人生初の「カープレイ」を敢行した。


といっても、ここまでの道のりは遠くて険しかった。
免許取立てのギル夫は、早朝に親父を助手席に乗せて毎日練習した。いわゆる「教習所 セカンドシーズン」だ。
しかし、そう、慣れてきた頃がヤバイのです。親父の愛車「コロナ」は日に日にその姿を少しずつ変えていき、最終的にはこの星のものとは思えないような車になってしまった。



まだボロボロになる前の勇姿。このあと間もなくスクラップ同然になってしまう・・・。'85年当時。


皆からは「ボロナ」とか「こんなクルマ日本には売っとらん!」などと馬鹿にされたが、これも試練だ。今は耐えるのだ!
そして次第に運転の腕も少しずつ上がっていった。そして遂に「一人で外出(遠出)してもよい」許可を親父からもらった。やったずぇい!


こうして、アングラー「ギル夫」は行動範囲を飛躍的に延ばすことになる。


そして、クルマでの初釣行の相棒を中学時代の友人「H川くん」に指名し、晴れて大人のプレイを満喫することとなった。


「H川くん」はこの当時まだ運転免許を持っていなかったので、どちらかというとギル夫よりも感動していたようだ。なにしろ運転もせずに釣り場に行けるのだから。

実際、道中「すっげーな、すっげーな!ホントにクルマで行けるんだ!」と言っていたのはHくんの方だ。


行き先はI市「I池」。某鉄道会社運営の「レトロな公園」の脇にある、この地区では昔から高名な屈指のメジャーレイクだ。貸しボート屋もある。早速ボート屋さんで手漕ぎボートを借りる。



当時の貴重な写真が出てきた。85年のI池。正面のM茶屋から。



このフィールドのシンボルとも言える給水塔。ここの水深は想像以上に深かった!



この「M茶屋」には見たことのない、いろんなルアーやビッグバスの写真があちこちに貼ってある。大人の気分がさらに上昇する。

こうしてめでたく二人は湖上の人となった。

この日はとにかく暑かった。家から凍らせた麦茶を持ってきたが、午前中で無くなってしまった。暑すぎて釣りに集中出来ず、休憩ばかりしていた記憶がある。当然釣果は“ゼロ”だった。
こうして、初のクルマによる「遠征」はボウズに終わったのでした・・・。


実はこの後ギル夫はバイトやら彼女とのデートやらで、しばらく釣りから遠ざかる。途中数回釣りには行くが本格的な活動とはならず、正式な復帰は28歳頃(この後約10年後)まで待つ事になる。


つづく・・・









ハイティーン・ブギ


Category: プロローグ   Tags: ---
モンスター・ギルに初遭遇!


中学卒業後、管理人は親父の仕事の都合上、住み慣れた名古屋エリアから引っ越す事になった。引っ越し先は縁もゆかりもない、そして予備知識やイメージも全くない広島県・呉市。いったいどんな街なんだろう?


中部地区から中国地区へ。当時高校一年生だった管理人は好奇心の塊だった。遊びを吸収するには、息の合った友達をGETするしかないと思い立ち、とりあえずルアー釣りができるクラスメートを早速作った。

しかしここは広島県。釣りと言えば海釣りなのね。だからここはぐっとこらえて海釣りに没頭します。
海釣りの知識が全く無かった管理人、手取り足取り教わりながら道具も徐々に揃えていった。といってもここはパラダイス!そんなに凝った道具は全く要りません。

ベラやカサゴはもちろん、アイナメやクジメ、キス、カレイ、鯛やメバル、何でも釣れる。しかも海がキレイだからエサに寄ってくる様子や針をツンツンつつく瞬間、そしてガツン!とフックアップする様子まで何でも丸見えだ!スゴイ!

夏になると、みんなひたすら海で泳ぐ。小さな堤防からジャンプして綺麗に遠くに飛べる男子はエライという基本的な構図がここにはあった。大きな水中眼鏡のついたシュノーケルとフィンを購入してオイラも潜ってみる。

スゴイ綺麗!なんと透明な海!しかもなんと目の前を黒鯛が泳いでいるじゃないか!こんなところを泳いでいいのか?と名古屋から来た青年は思った。たちまち綺麗な瀬戸内海のとりこになった。



しかもみんなシュノーケルで泳ぎながら釣りをしているではないか!聞くと、そこらへんに普通に落ちている針とオモリで、その辺にある貝を割ってエサにしている。早速真似してみる。

おおっつ、これはおもろい!針が錆付いててなかなかフックに掛からないが、これは面白い!魚がウジャウジャ寄って来るではありませんか!こんな遊びがあるなんて知らなかった。広島に来てよかった!!

中には「マイゴムボート」持参のツワモノもいる。子供たちだけで沖に出て潜って泳いで遊んでいる。しかも周りには大人が一人もいない。子供たちは自分たちなりに自己管理が出来ており、下級生の面倒もちゃんと見ているのだ。まるで野田知佑の「川ガキ」「川の学校」ではないか!名古屋では全く考えられない光景だ。

友人のO脇君は、さらに豪快だ。「ちょっと待ってて」と言い残し潜っていった。不思議に思って一緒に潜っていくと、やおら岩の隙間に手を突っ込んだ。
なな何だ?と思った瞬間、突っ込んでいた手を抜いて見せた。タコだ!これはスゴイ!

そもそも、「海に行こうよ!」となると、とりあえずカレンダーをチェックしたり親に確認を取ってから日にちを決めたりしていたが、ここでは違う。学校帰りに「今からちょっと行こうか!」というノリだ。しかも学校から海まで自転車で10分程度の距離。こんなノリになるのもうなずける。


こうして海釣りデビューを果たした管理人だが、もちろんルアーフィッシングも忘れちゃいない。増え始めた釣り仲間とバスに乗って山上湖に行くことになった。

釣り道具を持って、みんなで仲良くバスに乗り急峻な坂を上っていく。そう、広島県は海と山の距離がとんでもなく近い。平地が少ししかないため、坂道もおのずと急になる。小1時間ほどで山上湖に到着。なかなかいい雰囲気じゃないの。

さあ、スタートフィッシング!みんな思い思いのルアーを結んでキャストし始める。しかし、当時の高校生の腕と知識ではなかなか釣れないのだ。

案の定、しばらくしたらみんな飽きてしまった。

「ミミズ掘ろうか?」
「うん、そうしよう!」

こうして、いつもと全く変わらない釣りが始まった。


しばらくしてポツポツとアタリが出始め、魚たちの気配が高まってきた。


O脇君「あっ、あ・あれ?」
ギル夫「ん?どうした?」
O脇君「今、ガツンと当たったような気がしたんじゃがのう」
ギル夫「違ったの?」
O脇君「根掛かりじゃわい」
ギル夫「なーんだ」

それからO脇君はかなり苦労して根掛かりをはずしていた。
そして、それはやって来た。

O脇君「うわっ!」
ギル夫「どうした!」
O脇君「やっぱり釣れちょるわい。しかもデカそうじゃ」
ギル夫「がんばれ!」
O脇君「でも全然寄って来んわい」


見ると、延べ竿が大きくしなっている。しかも竿先が水中に漬かっている。

O脇君「うわわわわわーーーーー!(竿が)全然上がらん」
ギル夫「よし、手伝おう!」

こうして、二人掛かりで5分くらい掛かってソイツをランディングした。
遂に、ソイツが姿を現したのだ!




この写真は別のブログからお借りしたものですが、もっと真っ黒でグロテスクな印象だった。




とにかくデカイ。そして目の周りの白い(銀色?)縁取りも真っ黒だ。ブルーギル特有の縦じまも全く無く、ただひたすら黒い。

O脇君「グレみたいじゃのう」

そう、その通りだった。






これが「グレ」。記憶では、イメージ的にはこちらに近かったのだ。


こうして、管理人とモンスター・ギルは出会った。
しかし、後に「ブルーギル・ハンター」となることなど、知る由も無かった・・・。


そしてブルーギル


Category: プロローグ   Tags: ---
ギルちゃんと禁断の遊戯!


こうして立派なルアー少年に育ったように見える中学時代だが、こうして振り返ると中学校時代にルアーで釣った魚は唯一、前号「中学生で初体験」  参照 
でクランクベイトで釣った一尾のみである。しかも「ごっつぉさんヒット」だ。

さらに「中学時代にルアーでブルーギルを釣ったっけ?」という疑問に対しても、答えは「No」。そう、エサ釣りでしか釣った事がないのである。

言い換えれば、当時「ブルーギル釣り」といえばルアーフィシングではなく、エサ釣りの延長線上にあったのだ。



今となってはエサ釣りで狙う事は無くなったが、当時は「ミミズと玉ウキ専門」だった。


当時の釣りのパターンといえば、当時の中学生のレベルでは到底バスがそうそう釣れる訳でもなく、最初の30分はルアーで狙っているのだが、すぐに飽きてしまって「おい、ミミズ掘ろう!」となるのが王道だった。

友人O谷君はミミズ探しのチャンピオンだ。どんな釣り場でもあっという間にミミズを掘り当てる。当時のタックルボックスには、当時の少ないお小遣いで買ったルアー少々と「エサ釣り道具」が混在していた。定番の「玉ウキタックル」はいつでも取り出せるようにセッティングされていた。

この「ミミズ掘り」、実はごく最近まで実践されていたという事実はあまり知られていない。
友人O谷君とはしばらくの間連絡が取れなかったのだが、無事に交流が再会した頃「釣りに行こうか」という話になり、Aダムにオイラのカナディアンカヌーで釣りに行く事になった。
しばらくは大人しくルアーで楽しんでいたのだが、真夏の過酷な状況下、ちっとも釣れやしない。
そこでどちからともなく「ミミズ掘ろか!」

かくして10数年ぶりの儀式の再現となった。この後O谷君は見事ミミズで良型バスをGETする事になる。



さてある日、いつも通っているM池でいつものようにミミズ掘りをしたあと「ブルーギル」が入れ食いになった。恥ずかしい話、管理人は「ブルーギル」を見るのはこの日が初めてだった。

「何この魚?」
「ギル」
「ギル?」
「うん、ブルーギル」

「ブルーギル」だって?
なんて格好いい響きだろう!

なーんて子供心に思った人は私以外にもきっといるはず。見た事もない尖ったヒレ。シルバーの魚体に縦に走る数本の黒いストライプ。何やら鰓蓋が黒い(幼魚はその名の通り青っぽい)が、何とも言えずカッコ良かった!

その日はその後もギルの入れ食い。しばらくすると飽きてしまった。しかも小さい口をしている割に鈎を飲み込んでしまう。ハリスがいくつあっても足りなくなってくる。

すると悪友O谷君が「ハリス切っちゃおう!」と言い出すではないか。
「で、どうすんの?」
「どうしよう・・・」

するとハリスを切ったO谷君はおもむろに落ちている棒切れにハリスを結び始めた。
「?????」

棒に結んだハリス(もちろん鈎にはギルが掛かったままです)を「ポイ!」と沖に向かって投げ捨てた!
「うわああああああ!」

投げ捨てられた棒切れは、沈みきる事も出来ずポコポコと暴れている。O谷君は面白がって次々と釣れたギルを棒切れに結んでは投げ捨てる。あっけにとられていた僕も、次第に麻痺して(?)一緒に笑い出した。
かくしてM池にはポコポコ暴れまくる無数の棒切れであふれ返る事になる・・・・。


今考えたら、何と残酷な遊びをしていたんだろう!反省然りである。

これが禁断の「ギル投げ事件」の全貌である。ギル様、本当にごめんなさい。今後は「ギル様」がもっと日の当たる存在に私がしてまいります!

というわけで、このブログを通して「ブルーギル様」に少しでも罪滅ぼしが出来るよう、メジャーな存在にする布教活動を行っていきますので、どうか今後もお付き合い下さい。







04 2017
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

03

05


 
プロフィール

ギル夫

Author:ギル夫
ギル☆パラ BLUEGILL PARADISEへようこそ!
管理人:ギル夫

 
 
 
最新トラックバック
 
 
 
フリーエリア
 
検索フォーム
 
 
 
ブロとも申請フォーム
 
QRコード
QR
 

Archive   RSS   Login

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。